時間の感覚価値は同じではない。ジャネー年数とは?

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リタイア後の「残り時間」を活かす時間配分とは?

 さて、今回は話かわってリタイア後の時間の価値について考察してみます。たまに90歳でも元気溌剌の方もおられますが、一方、時折、TV報道で有名人がやっぱり80前後で亡くなられているのを目にします。私なんぞは、なんとなく、う~ん、、、80歳以降はおまけの人生かもなぁ・・・と思ってしまいます。つまり、特に晩年って、生物としては誰しも同じ時間を生きてるんですけど、個人差が大きいですね。今回は、時間の価値をある尺度で数量化・見える化する仮説です。

「モデル化して視覚化」することで、考察が可能となる

 歳を重ねると、1年の過ぎ去る時間がとても早く感じます。これは、おそらく誰しも同じはず。小学生のとき感じた1年と、成人してから感じる1年では大きく異なりますよね。

 ファイナンス思考の基本は、モデル化・数値化です。感覚的なものや定性的なものを仮説として数字や式に置き換えて、比較し考察できるようにすることです。まあ、結構、いい加減な置き換えもあるんですけど、とにかく数字にしないと具体的に比較ができない。ここで大事なのは、どう数字化するか躊躇せず、なんとなくでいいので発射台として設定し、その後、多少の上下幅をもたせて、結果についてブレ幅をみることです。

 さて、個々人が感ずる時間の感覚価値を、どう数値化・定量化するのが妥当でしょうか? 私が30年前から常に意識してきたことに「ジャネー年数」というものがあります。この評価方法は極端なため批判もあるそうですが、個人的には非常に重要な「戒め」として役立ててきました。

 単にその変換方式をきくと「まあ、そうかなぁ・・・、そういう方法もあるよね」程度なのでですが、グラフ化・視覚化すると愕然とします。「若いこと」の素晴らしさを強く認識させられるとともに、今からであっても、直近の数年がどれほど貴重であるか考えさせられます。ファイナンスでは、NPV(正味の現在価値)、つまり、将来の価値は多少割り引いて、何でもかんでも今現在の価値として洗い出します。どうしても将来の価値は割り引かれるので影響が小さくなるのですが、 (ジャネー方式では割引率は設定してませんが) これと似てて手前の時間価値の重要性が際立ちます。

ジャネー年数について

19世紀のフランスで、ポール・ジャネという哲学者が唱えた説である。幼少期はより長く、歳を重ねるほどより短く感じるという感覚を心理学的に説明したものである。

 この説の中身は非常に簡単で、「ある年齢の1年は、年齢に反比例する」というもの。例えば、10歳の小学生にとって、今からの1年は、これまで生きてきた時間の1/10と同じ。多くのことは初めてのことであり新鮮で強く記憶に残る1年となります。一方、60歳にとっての1年は、これまでの1/60でしかない。もはや大抵のことは経験済みだし、あらかじめ予見すらできてしまう。驚きもなく記憶にも残らず、同じような日々として過ぎりますよね。

ファイナンス思考における「過去」と「これから」

 今から死ぬまでの時間の感覚価値をどう考えるか? いろいろな方法(仮説)があると思います。いくつになっても1年は1年!という考え方も正しいでしょう。定額で漸減させていくモデルもあるでしょう。ジャネー年数は、あくまでも感覚的な時間を数字化する1つの仮説にすぎません。「残された時間の価値」を考えるための1つの変換式です。

 もう一つ重要なことは、ファイナンス思考では、過去を振り返りません。過去をいったん忘れ、今からだけの価値を考えます。よく引用される例として「映画鑑賞」があります。映画が期待外れだったとき、チケット代が惜しくて最後まで観るのか、すでに支払ったチケット代は戻らないので、時間を優先し映画館を出るのか?別の事例としては、公共工事のダム建設などもあります。工事途中で治水効果がないと分かったとしても、これまで投入した基礎工事費が惜しいので、さらに仕上げ工事に金を投じてしまう。次回、埋没費用(sunk cost)に囚われることなく、今からの年月価値だけをジャネー的に思索してみます。

※上記内容は私個人の理解や意見にすぎません  [Finchley 0004]

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