60歳からの5年間の感覚価値は、70歳からの7倍?!

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ジャネー年数で、60歳~寿命までの時間感覚を数値化してみる

変換方式について

 定年60歳からの平均余命を、新生の第二の人生としましょう。厚労省から発表された平成
30
年簡易生命表
によれば、現在60歳まで生き残った男性は83.84歳まで生きるし、女性は89.04歳まで生きるそうです。これまで生きてきた60年間をいったん忘れ、今からの余命期間をジャネー的に考察します。

日本人の平均寿命と平均余命

 60歳からの1年は、会社を卒業し自由な時間を謳歌できる「第二の人生」の初年度の1年間となります。次に、61歳からの1年を過ごし、62歳の誕生日を迎えたとき、これまで過ごした2年間の半分なので、感覚価値は1/2だったと考えましょう。同様に、62歳からの1年間は、60歳からの3年間の1/3とします。83歳からの1年は、60~84歳の誕生日までの24年間の1/24とみなします。60歳まで生き残った日本男児であっても、平均余命は23.84歳なので、統計的な平均像として84歳の誕生日を迎えることはないです。(泣) この各年齢の時間感覚価値を足し込むと

1+1/2+1/3+・・・・1/24 = 3.776

 この60歳~84歳直前までの時間価値の総量3.776を、持ち時間総量100%とみなして、各年の感覚価値を換算しなおし、グラフにしたのが下図です。

グラフからの考察1(再雇用期間の感覚価値)

 男性も女性も、60歳からの5年間は、余命全期間の感覚価値合計の約6割を占めます。70歳からの5年間の感覚価値は8%しかありません、同じ5年間といえども、7倍程度の差となります。 この仮説では、定年後の余暇時間は数万時間ともいわれていますが、前と後では、感覚価値は大きく異なりますね。

 あと数年で60歳の定年を迎える私が、もし、再雇用で65歳まで5年間も働くと、残りの人生の感覚価値の2/3をさらに会社生活で費やしてしまうことを意味します。(嗚呼)

 円熟・熟年といった言葉もあって高齢をうまく美化するんですけど、多少平均寿命が伸びたとしても人間とて生物です。今からの5年間と晩年の5年間とでは価値が違うことぐらい百も承知なんですが、数字で定量化できるところがミソです。思い立ったことは先送りにせず、すぐに行動しなくては!という焦りや切迫感が募りませんか? 私の場合、これがすべての原動力だったと思います。

グラフからの考察2(健康寿命までの感覚価値)

 健康寿命(2016年)は、男性72.14歳、女性74.79歳です。健康寿命とは、「日常生活に制限のない期間」と定められています。誰かの手助けなくとも、自由に動ける期間です(最後の自立期間)。ジャネー年数でみると、男女とも、60歳から健康寿命までの時間価値は、約85%となります。20歳のとき元気一杯で行けた場所に、多少へばっても自立して辿りつくことができるうちが華です。でも、晩年は、今日できたことが、明日はできなくなるという期間ですから、思うように体が動く健康寿命までの価値は若いとき以上に高いかもしれません。人生の後半こそ、楽しみを先延ばしにせず、思い立ったが吉日でチャレンジを若いとき以上に早めに実行することが大切だと思います。

 実親で経験済みですが、要支援・要介護になってくると当人も家族も大変です。健康寿命後の価値が15%というのも、あながち間違いではないと思います。義父を84歳、実父を83歳で相次ぎ見送りましたが、70歳~、75歳~、80歳~の活動量を思い起こすと、ピッタリと符合するんですね、これが本当に・・・。

報道を鵜呑みにせず、数字で考えること

 人生100年時代といいますが、それは令和に生まれた子供の将来予測でしょう。統計的には、日本人の男性の平均寿命は、ここ数年、毎年0.1歳程度は伸びていますが、今からの20年間ではせいぜい+2~3年ぐらいのはず。定年間近な我々に持ち時間が40年もあるわけではないです(悲)。日本政府は定年を70歳までに延長しようとしていますが、今の中高年がそこまで働くと健康寿命がほとんど残っていません。定年後も働くことは解法の1つですが、健康に不安の出てくる年代です。若いときから長い年月をかけて資産構築しておくのがやはり優先課題でしょう。

【注】 直近の時間感覚価値が高いからと言って、再雇用・就業よりも浪費を勧めているわけではありません。「働くこと=自己実現」でもあるわけで、1度しかない人生、各自の選択で満足度の高い人生第二幕を願うだけです。次回は、早期リタイアを考えてるであろう40歳、50歳でも考察してみます。

  ※上記内容は私個人の理解や見解にすぎません  [Finchley 0005]

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